正しい日本語

日々の生活の中で、違和感をいだく日本語の使われ方について記していく。


一、「~になります。」
 本来、「成る(なる)」は、時間の経過、あるいは状態の変化を表現するときの言葉である。たとえば、「私はこの会社に入社して、今年で十年になります。」であるとか、「貯金が貯まり、百万円になりました。」というのは、正しい使い方である。
 最近、ニュース番組のアナウンサーまでもが、「なります。」を誤用しているのが、非常に気にかかる。ほとんどが「~です。」と言うべきところ、「~になります。」と言っている。たとえば、「これが新開発の製造装置になります。」は、「これが新開発の製造装置です。」と言わねばならない。
 ただし、「~になります。」には判断に困ることがある。いわゆる「グレー領域」である。元々二千円の飲食後の支払いでは、「お勘定は二千円です。」というべきであるが、千円の料理に千円の飲み放題を追加した場合は、「お勘定は(料金追加で)二千円になります。」と言って問題はない。ただし、この場合でも「お勘定は二千円です。」で通じる。
 以上、ほとんどの場合、「~です。」というのが適切なのだと思う。

 

一、「させていただきます。」
 「させて頂きます。」は、「させて」と「もらうの謙譲語いただく」の組み合わせであり、間違った日本語ではない。ただ、相手から「許可」や「恩恵」を受ける場合に使う場合には問題ないのだが、丁寧すぎて嫌味を感じる(慇懃無礼)を感じることがあるため、使用には注意が必要である。多くの場合、「~いたします。」と言えば済むことなのである。


一、「~が発売」
 上述の言葉と違い、問題だと感じている人は少ないようである。ここで問題としているのは、本来他動詞として使われるべき言葉が自動詞として使われていることである。たとえば、印刷物や新商品が売り出されるときは、誰かがその印刷物や新商品を「発売」するのであって(他動詞)、印刷物自身が自分を「発売」する(自動詞)のではない。「~が発売される」とか「誰々が~を発売」というべきなのである。他にも、「開催される」の誤用が最近よく聞かれるようになった。皆さん、昔のCMの「週刊新潮は明日(あした)発売されます。」ということばが記憶に残っているのではないでしょうか。

 

一、「~でよろしかったでしょうか」
 昔から指摘されているにも関わらず、今でもコンビニやレストランで頻繁にこのように言われる。今現在行われていることに対し、過去形を使われることが間違いなのだが、外国人のバイトが言うならまだしも、日本人のバイトまでもが過去形を使っている。指導する側、教える側に間違っているという認識がないのだろう。ただ、「~でよろしいでしょうか」、「~です。ご確認ください。」などと言えばよいだけなのに。

 

一、「少々お待たせしました。」
 とある店でパンを買うために順番待ちをし、自分の番が来た時、店員が「少々お待たせしました。」といったので、すぐに「『少々』というのは正しい敬語の使い方ではありませんよ。」と指摘した。だがしかし、その店員は何が間違いか、全く理解できない様子であった。
 本来は、「少々お待ちください。」、「大変お待たせしました。」というのが正しい敬語の使い方なのだ。忍耐を依頼するときは控え目に、忍耐させたことを詫びるときは丁重に行うのが礼儀であろう。

 

一、「してもらっていいですか」
 話し手自身が、相手に心の中で「してもらっていいか」どうかを尋ねてようと思い、それに丁寧語の「ですか」を付け足してことばを発しているだけのように思える。聞き手は相手方に尋ねるというよりも、相手が「する」ことを期待している、あるいは相手に「させよう」としているだけの場合に「してもらっていいですか」と言っている人が多いように思える。
 ここでは、全て「して頂けませんか」でよいのだ。

 

一、「~じゃないですか」
 このことばを使うとき、話し手は聞き手に同意をもとめているのではなく、単に自分の考えを述べているだけなのだ。同意を求められているとしても、「あなたのことは、あなた自身が決められたらよいのでは。」と答えるのが落ちだろう。ここでは、「~だと思います。」というべきなのだ。

 

一、「~の方(ほう)」
 「~のほう」というのは、本来、二つのものを比較する際に用いることばである。「この件に関しては、わたくしのほうから説明します。」というような間違った使われ方が横行している。「のほう」は不要であり、上記の例でいえば、「この件に関しては、わたくしが説明します。」でよいのだ。

 

一、「~からお預かりします」
 これもコンビニことばであろう。一万円札を渡した場合、「一万円からお預かりします。」とよく言われる。この場合は「から」ではなく、単に「を」を使えばよい。「一万円をお預かりします。」でよいのだ。
 


できるだけ多くの方々が、正しい日本語を使っていくことを意識されんことを望むばかりである。

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